「V・ファーレン長崎」をJ1に昇格させた「元ジャパネットたかた」の高田明氏の地元愛が熱い!

サッカーJ2で昨季2017年は下位に低迷し、J3への降格も危惧されていていた長崎県を拠点とする「V・ファーレン長崎」は3億円の累積赤字が発覚するなど経営危機が表面化し、リーグ戦の参加どころかクラブ消滅の危機に瀕していた。

その危機的状況を救ったのは、ジャパネットたかた元社長の高田明氏。

高田氏は、「通販事業(ジャパネットたかた)で成功したノウハウはサッカーの経営にも十分に通じる」と信じて「V・ファーレン長崎」の経営を引き受けたそうです。

高田氏は、選手に給与が払えない事態もあり得ると知って迷わず支援を表明、3年間で10億円以上の資金投入を表明しました。

高田氏に経営を任されたその後の「V・ファーレン長崎」の活躍には、目を見張るものがあります。

高田氏の社長就任によってチームの士気が高まり、結束力が増した結果、チームは連戦連勝、J2での順位を急上昇させ、奇跡的に初のJ1昇格を決めたのでした。

西日本スポーツ(2017年11月12日付)のインタビューで、高田社長は次のように語っている。

資金的に言えば、J1昇格時の予算規模は半端じゃない。名古屋はJ2ですけど30億円ぐらいの予算がある。J1で5億では絶対に回らない。補強を考え、安定化させるには、15とか20(億)のお金を確保しないと。もちろんジャパネットは先頭に立って投資していくけど、それだけでは駄目ですね。採算を取れるようにしないといけない。

元ジャパネットたかたの高田明氏就任後の「V・ファーレン長崎」躍進の奇跡

高田氏は、4月25日の株主総会で「V・ファーレン」の社長に就任した。就任時には、4勝4敗1分けの9位だった。

高田社長は、チームに外国選手を含めた大型補強は一切行わず、監督やスタッフの交代もせず、職場環境の改善に重点を置き、数々の改善をしていったそうです。

状態を上手く整えることができたチームは、スカウティング能力に定評のあった高木琢也監督のもとで勝点を積み重ねていき、7月の松本山雅FC戦、8月のアビスパ福岡戦、9月の徳島ヴォルティス戦といった重要な勝負で勝点を重ね、7月からは一度もJ1昇格プレーオフ圏内から落ちることなく上位をキープし、J1自動昇格圏を争うまでに躍進した。

8月27日に行われた明治安田生命J2第30節の京都サンガF.C.戦から負けなしの19勝6敗7分け。

更に「V・ファーレン長崎」は、ジャパネットデーと銘打たれた10月に行なわれたJ2第38節で、結果こそドローとなったが、圧倒的戦力を誇る名古屋グランパスエイトに優勢に戦いを進め、今季最多12,923人の入場者の前で実力をアピールすることに成功した。

そして、クラブ新記録の12連勝で駆け抜け、11月11日のホーム最終戦では、本拠地・トランスコスモススタジアム長崎が過去最多の2万2407人で埋めつくされたカマタマーレ讃岐戦に3-1で勝利し、奇跡的にJ1昇格を成し遂げたのです。

高田明社長は、「ゼイワン(J1)へ行こう!」と語っていたのだが、チームがJ1に昇格することはシーズン前にはどれだけの人が信じていたのだろうか。

この奇跡の「V・ファーレン長崎」復活劇の原動力は何といっても高田社長の経営手腕に負うところが大きいのではないだろうか。

高田氏は、「サッカーも会社も人生を楽しむためのもの、人を幸せにするもの。」と語っています。

その理念は見事にJ1昇格という形になって現れたと言えます。

「V・ファーレン長崎」を救った元ジャパネットたかたの高田明氏の経営手腕

「V・ファーレン長崎」がJ1昇格に成功した理由には、高木監督のマネジメントの能力や、様々な要因があげられると思いますが、一番の要因として挙げられるものは、やはり高田社長の「熱意と地元愛」ではないでしょうか。

その高田社長は、次々と手を打っていきました。

まず、駐車場の改善すべく、手始めに駐車場を少しでも多く駐車できるように拡張。しかし、拡張しただけでは周辺道路が渋滞、大混雑になったそうです。そこで混雑を解消するために、優良駐車場を設け、無料駐車場はサッカー場から離したところに整備、そこからサッカー場まで30分歩いてもらうようにしたそうです。

ただ30分あるくだけなら楽しくないので、サッカー場までの途中にチームの幟を設置したり、道路にチームのペイントをしたり、ボランティアによる飲み物や食べ物などの手厚い接待など、次々と改善を行っていきました。

また高田社長は、テレビショッピングで培ったマーケティング手法やさまざまなアイデアを駆使して観客を動員しました。

試合前に家電のチャリティオークションを行うなど、観客が楽しめる企画を実施。観客が増えれば選手や監督・コーチのモチベーションが高まりました。元五輪陸上選手の為末大氏をフィジカルアドバイザーに招いたり、選手のサポーターとの交流を図ったりもしました。

また、高田社長は、スタジアムでは自慢のトークで家電類の即売会を行うなど、サポーターの心も鷲づかみにした。自らもサポーターと交流し、一緒に写真を撮ったり、アウェーでサポーターの意見も聞いたり、まさに八面六臂の活躍をされたそうです。

そして、高田氏のさらに凄いところは、何とJRに掛け合って電車の本数を増やしてもらったり、最終戦に間に合うように電車の時刻を送らせてもらったりもしたそうです。

高田氏の手腕は、それまで1試合の観客動員数が5000人程度だった同チームの動員数が、2017年ホーム最終戦では2万2000人を記録したことにも見て取れます。スタジアムの客席に監督のバナーが出ることは珍しくないのですが、長崎では高田氏のバナーや顔のイラストがアイコンのように掲げられて、高田氏のキャラクターも動員に寄与していることは間違いないでしょう。

高田氏は、初めてのサッカークラブの再生は「会社の仕組みができていない。マイナスからのスタートだった」と語っています。外国選手を含めた大型補強もせず、監督やスタッフの交代もせず、その代わりに委託業務の見直しから職員の労務改善に至るまで、選手が気持ち良く働ける環境を整備したのです。倒産の心配がなくなり、職場環境の改善に注力したことで、長崎の選手のモチベーションが上がったことが、快進撃を続けた要因といえるでしょう。

高田社長はこのようにも語っています。

「私はジャパネットでも100年企業ということを理念として掲げていました。30年頑張っても、31年目でダメになれば、その夢は潰(つい)えてしまうし、社会貢献もできないと考えています。ですから、いかに企業を継続することに意義があるかということを経営者として発言してきました。V・ファーレン長崎も、今まで頑張ってきたのに潰えてしまったら、何で今までつらい思いをしてきたのだろうと考えたのです。」

「プロスポーツチームは、どの地方にでも存在するものではないですし、存在すること自体がすごく価値があることです。特に子供たちがスポーツを見たら、たとえ今の生活の中で何か問題があっても、気持ちを切り替えていけるパワーになる。スポーツの果たす役割はすごく大きい。子供たちの気持ちを人間らしくさせ、その中で競争、葛藤、喜怒哀楽をスポーツを通して体験できるのは、崇高なことだと思います。」

高田氏は、サッカーのFIFAワールドカップなどをTV観戦するほど無類のスポーツ好きだそうです。「2年をかけて選手、スタッフ、サポータが一体になるクラブにしていく。将来は、J1の首位争いに食い込めるようなクラブにしたい」と高田氏はさらなる夢を追い続けています。

このように高田社長の「地元愛」と「熱い夢」「熱い思い」が、J1昇格という奇跡をもたらす原動力となったのではないでしょうか。

ジャパネットたかた時代とはまた違った“名物社長”としての高田明氏と今後の「V・ファーレン長崎」の活躍に目が離せないですね。

高田社長は、シニア世代の希望の星となるモデルと呼んでも差し支えないでしょう。

私もこれから高田氏のような熱い生き方をしてみたいものです。





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